클리셰 (keullisye) — ベタだと分かっていても、最後まで見てしまうあの場面
클리셰
클리셰 (keullisye) は、映画・ドラマ・小説であまりにも何度も繰り返された結果、いまや誰もが次の場面を予測できるほどベタになってしまった設定や演出、セリフを指す言葉です。雨の日に傘もささずに立っていれば5秒以内に誰かが後ろから傘をさしかけてくれる、主人公が階段から転げ落ちれば次の回で記憶を失う、いがみ合っていた二人がある日突然ひとつ屋根の下で暮らすことになる — 韓国ドラマを10本も見れば自然と体に染みついてしまう、あのパターンたちです。
韓国語を学ぶ韓流ファンにとって、この単語が重要な理由は別のところにあります。韓国ドラマの視聴者は、作品を見ながらこの言葉を本当によく使うのです。放送中のドラマのリアルタイムコメント欄、レビュー動画の字幕、友達とやり取りするメッセージに、一日に何度も登場します。意味を知らなくても何となくやり過ごせはしますが、この言葉が飛び交うときの微妙な温度を知らないままだと、韓国ドラマファンの会話に半分しか参加できません。
まずは温度から整理しましょう。클리셰 は基本的に評価する言葉で、デフォルトはやや否定寄りです。ベタだ、新しくない、もう何度も見た、という含みが下敷きにあるからです。ところが実際の使われ方を見ると、純粋な非難であることはむしろ稀です。韓国ドラマのファンは、クリシェを見抜くこと自体をひとつの楽しみにしています。次に何が起きるか分かりきっていながら、まさにその場面が来るのを待ちながら見るのです。だからこそ 이거 완전 클리셰인데 왜 이렇게 좋지 (igeo wanjeon keullisyeinde wae ireoke jotji)(これ完全にクリシェなのに、なんでこんなにいいんだろう)のような言い方が、ごく自然に成り立ちます。非難と愛情が一つの文の中に同居する、なかなか珍しい単語です。
品詞は名詞です。ですから述語として使うときは 클리셰다 (keullisyeda)、클리셰예요 (keullisyeyeyo) のように、後ろに 이다 を付けます。よく使う形はいくつかに決まっています。クリシェが多すぎるときは 클리셰 범벅 (keullisye beombeok) または 클리셰 덩어리 (keullisye deong-eori)、ベタな公式をあえて破って新鮮に仕立てたときは 클리셰를 비틀다 (keullisyereul biteulda) と言います。この三つの表現さえ知っていれば、ドラマレビューのほとんどは読めるようになります。
最後にもうひとつ。클리셰 は作品に向けて使う言葉です。場面、設定、セリフ、演出、キャラクターには使いますが、生きている人の本心には使いません。この境界を越えた瞬間、言葉の性格ががらりと変わってしまうのですが、その話は下で改めて扱います。
実際の会話で見てみましょう
場面:金曜の夜、ジュンギョンの家のリビング。全12話のドラマの最終回を、エミリーと一緒に見ているところ。画面では、ヒロインが傘もささずに雨の中に立っている。
ジュンギョン: 야, 지금 저 언니 우산 없이 비 맞고 서 있지? 5초 안에 남주 온다. 내기할래? なあ、あの人いま傘もささずに雨に打たれて立ってるだろ? 5秒以内に男主が来るぞ。賭ける?
エミリー: …진짜 왔네. 야, 이거 완전 클리셰 아니야? …ほんとに来た。ちょっと、これ完全にクリシェじゃない?
ジュンギョン: 클리셰지. 근데 알면서도 봐. 그 맛에 보는 거야. もちろんクリシェだよ。でも分かってても見る。その味わいのために見てるんだ。
エミリー: 나 한국 처음 왔을 땐 이런 게 다 새로웠거든? 이젠 다음 장면이 그냥 보여. 私、韓国に来たばかりの頃はこういうのが全部新鮮だったの。今はもう次の場面が見えちゃう。
ジュンギョン: 축하해. 너도 이제 K드라마 고인물이야. おめでとう。君ももう立派なKドラマの古参だな。
エミリー: 근데 아까 그 장면은 클리셰를 좀 비틀었잖아. 여주가 우산 접고 그냥 가버렸어. 그건 신선했어. でもさっきのあの場面はクリシェを少しひねってたよね。ヒロインが傘をたたんで、そのまま行っちゃった。あれは新鮮だった。
こう使うと不自然です
✗ (友達が昨夜彼氏にされたプロポーズの話を真剣にしているのに)야, 그거 완전 클리셰다. (ya, geugeo wanjeon keullisyeda.) ✓ (一緒に見たドラマのプロポーズ場面について)어제 그 프러포즈 장면 완전 클리셰던데? (eoje geu peureopojeu jangmyeon wanjeon keullisyeodeonde?) → 클리셰 は、作られた物語に対して使う評価の言葉です。友達が実際に経験した出来事や、そのときの気持ちに向けて使うと「あなたの人生はベタで陳腐だ」という意味に読まれてしまい、大きく傷つけることになります。人に対しては 클리셰 ではなく、「나도 그런 거 좋더라 (nado geureon geo jotdeora)」(私もそういうの好きだな)の方向に持っていきましょう。
✗ (新人監督の初作品の試写会で、監督を前にして)감독님, 후반부가 좀 클리셰였어요. (gamdongnim, hubanbuga jom keullisyeyeosseoyo.) ✓ (試写会が終わって出てくる道すがら、友達に)후반부가 좀 클리셰였지? (hubanbuga jom keullisyeyeotji?) → 文法上は何も問題ありませんが、場がずれています。作り手本人の前でこの言葉を出すと、格式ある批評ではなく、ぽんと投げつけた酷評に聞こえてしまいます。どうしてもその場で言わなければならないなら、「후반부는 익숙한 전개라고 느꼈습니다 (hubanbuneun iksukan jeongaerago neukkyeotseumnida)」(後半は見慣れた展開だと感じました)のように、温度を下げて言いましょう。
場面別の使用例
場面 1 — 友達に新しいドラマを勧めつつ、止めてもいるところ
이 드라마 클리셰 범벅인데 이상하게 손을 못 놓겠어. (i deurama keullisye beombeog-inde isanghage soneul mot nogesseo.) このドラマ、クリシェだらけなんだけど、なぜか手が離せないんだよね。
ベタであることは認めながらも、面白さは否定しない — もっともよくある使い方です。클리셰 범벅 は、クリシェが一つや二つではなく最初から最後まで敷き詰められている、という意味で、言い方そのものは軽いものです。友達同士でドラマを勧めるときは、この一文で説明が済んでしまいます。
場面 2 — 会社の会議で広告の案を見ながら
콘셉트가 조금 클리셰인 것 같아요. 다른 안도 볼 수 있을까요? (konsepteuga jogeum keullisye-in geot gatayo. dareun ando bol su isseulkkayo?) コンセプトが少しクリシェな気がします。別の案も見せていただけますか?
클리셰 はドラマファンだけが使う言葉ではありません。広告、デザイン、企画といった仕事の場でも「あまりに見慣れた構成」という意味で使われます。ただしこういう場では、-인 것 같아요 で一枚くるむことが大切です。そのまま「클리셰예요」と言い切ってしまうと、人の仕事を断定的にこき下ろす言葉になってしまいます。
場面 3 — 最終回を見終えてレビューを書きながら
전개는 클리셰를 그대로 따라가는데, 마지막 5분에서 한 번 비틀었다. (jeongaeneun keullisyereul geudaero ttaraganeunde, majimak o-bunneseo han beon biteureotda.) 展開はクリシェをそのままなぞっているけれど、最後の5分で一度ひねってきた。
レビューや感想文でよく出てくる文の組み立てです。클리셰를 따르다 と 클리셰를 비틀다 を一つの文に並べると、作品の評価がとても圧縮された形で伝わります。韓国語のドラマレビューを読むとき、この二つの組み合わせを目に馴染ませておけば、文章の結論を早くつかめるようになります。
敬語・タメ口と、似ている表現
클리셰 は名詞ですから、それ自体に敬意の上下はありません。敬語かタメ口かは、後ろに付く述語で分かれます。タメ口なら 클리셰야 / 클리셰지 / 클리셰네、敬語なら 클리셰예요 / 클리셰입니다 となります。ただし仕事や公的な場では、断定形よりも 클리셰인 것 같아요 (keullisye-in geot gatayo) のように一枚くるんで言う方がずっと一般的です。評価の言葉なので、そのまま出すと強く響いてしまうからです。
似た言葉との違いは、次のとおりです。
| 表現 | 温度・強さ | 使う場面 |
|---|---|---|
| 클리셰 | やや否定的だが、愛情が混じりやすい | 作品・場面・設定。ドラマファンの会話、レビュー、企画会議 |
| 뻔하다 (ppeonhada) | 中立〜否定。もっとも日常的 | 作品にも人の行動にも使える。「너 뻔하다」も可能 |
| 진부하다 (jinbuhada) | はっきり否定的。硬い | 書き言葉・批評文。会話で使うと真顔になった感じ |
| 신파 (sinpa) | 否定的。無理やり涙を絞り出すという非難 | 大げさなお涙頂戴の展開に限定 |
まとめると、こうなります。友達と気楽に話すときは 뻔하다、ドラマファン同士でジャンルの公式を指摘するときは 클리셰、評論家のように構えて書くときは 진부하다、そして無理やりの涙にだけ向ける特殊武器が 신파 です。この四つを入れ替えて使っても意味は通じますが、話し手の立ち位置がすっかり変わってしまいます。
文化背景 — 傘と記憶喪失の国
클리셰 はフランス語の cliché から来ています。もともとは印刷所で使われていた鉛版、つまり活字をまるごと型取って作った金属板を指す言葉でした。版を一枚作っておけば、同じ面を何度でも同じように刷ることができます。ここから「繰り返されてすり減ってしまったもの」という意味が付き、韓国には映画・文学の批評用語として入ってきて、今ではドラマファンの日常語になりました。印刷版という元の意味を知ると、클리셰 범벅 という言葉がなぜこれほどしっくりくるのかも見えてきます。同じ版を何枚も重ね刷りした状態、というわけですから。
韓国ドラマのクリシェ一覧は、ファンのあいだではほとんど共有財産です。出生の秘密、記憶喪失、財閥二世と平凡な主人公、手首をつかんで引っ張っていく、壁に手をついて行く手をふさぐ、契約恋愛、決定的な場面は必ず雨の夜に起きる。この一覧が分かった瞬間、視聴者は物語を追いかける人から、物語を読み解く人に変わります。上の会話でジュンギョンが「5秒以内に男主が来る」と言い切れたのも、この一覧のおかげです。
ですから韓国で 클리셰 という言葉には、どこか妙な共犯意識がまとわりついています。ベタなものをベタだと言いながら、チャンネルは変えないのです。ここ数年、この関係はもう一段ねじれてきました。作り手の側が、視聴者はクリシェをすでに全部知っているという前提の上で物語を組むようになったのです。傘をさしかけてくれる人が現れる直前にヒロインをそのまま歩き去らせたり、記憶喪失が明かされる瞬間をコメディとして処理したり。このように公式を分かったうえで一度外してみせることを 클리셰를 비틀었다 と言います。最近の韓国ドラマのレビューで、もっとも高い褒め言葉のひとつがまさにこれです。
ドラマファンの会話に一緒に出てくる言葉も、いくつか押さえておくとよいでしょう。もどかしい展開には 고구마(サツマイモ)、胸がすっとする展開には 사이다(サイダー)と言います。클리셰・고구마・사이다 の三語があれば、韓国語のリアルタイムコメント欄の空気はほぼ読み取れます。
今日のクイズ
友達が昨日見たドラマの話をしながら、「남주가 우산 씌워 주는 장면 나왔는데, 여주가 그냥 우산 접고 가버리더라」(男主が傘をさしかけてあげる場面が出てきたんだけど、ヒロインはそのまま傘をたたんで行っちゃったの)と言いました。ここでもっとも自然な反応はどれでしょうか?
- 오, 클리셰 비틀었네. 그거 좀 신선하다.(お、クリシェをひねったね。それはちょっと新鮮。)
- 오, 완전 클리셰 범벅이네.(お、完全にクリシェだらけだね。)
- 오, 네 인생 진짜 클리셰다.(お、君の人生って本当にクリシェだね。)
正解は1番です。傘をさしかける場面は典型的なクリシェですが、ヒロインがそれを拒んで行ってしまったのですから、公式に従わずに外した — つまりクリシェをひねった場合にあたります。2番はベタな場面がたくさん出てきたという意味なので状況に合いませんし、3番は作品ではなく友達の人生にクリシェを貼りつけているので、場を大きく外した言葉になってしまいます。
この記事の語釈と例文は、韓国国立国語院『韓国語基礎辞典』(krdict.korean.go.kr) から引用しました。当該部分(翻訳を含む)は CC BY-SA 2.0 KR ライセンスのもとで利用・配布されます。